左手の麻痺〜脳腫瘍の外科手術開始

体験記

コロナ禍の真っ只中、7年前の地雷が動く

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7年前に、「疑い」まではあった脳腫瘍

別記事に書いていますが、もともと左耳の聴神経腫瘍が大きくならないようにMRIによる経過観察を6ヶ月毎に行っていました。

経過は順調、大きくもならず、痛みも異変もありません。

ただ、聴神経の患部と正反対に、脳腫瘍と疑わしい白い、小さな影が見つかりました。

「脳腫瘍」と「聴神経腫瘍」の大きな違い

ガンマナイフで増大を抑えた「聴神経腫瘍」は、いわゆる良性腫瘍であるため、大きくなって小脳を圧迫するなどの危険はあるものの「転移する」という心配のないタイプでした。

一方、7年前に疑われた「脳腫瘍(グリオーマ)」は非常にやっかいで、正常な脳細胞の隙間に沿って増殖し包み込むような動きをするそうです。

つまり、どこまでいっても正常細胞に沿って浸透するかのように広がってゆくことから、外科手術としては限界があるのです。

また、増殖することから再発の可能性も高く、2度めの外科手術となることも考えられます。

7年前は動きが小さすぎて判断がつかずそのまま退院…

2年ほど動きを見続けたものの、サイズは0.8mm、ほぼ大きくも小さくもならないことから、もしかすると

・生まれ持ったなにか

・過去の交通事故などによる小さな脳挫傷

かもしれないとの見解が浮上してきました。

医大としても、開頭したは、違うものやったわでは問題になることから「リスクはあります、どうされますか??」と判断を私に丸投げ。

もちろん素人の私からすれば、開頭手術なんて絶対したくない恐怖です。

7年前の検査入院は、結果的に画像を見ただけに近い9泊10日の市内旅行となりました。

そして7年が経ち…結果はグリオーマだった

先月の5月12日、私は左半身が明らかに距離感・触感を失っていることに気づきます。

会議後、職場の玄関で30分近く他の職員と立ち話となってしまい、立っているのもやっとでした。

なんとかあいづちをうちながら立っていましたが、いよいよ吐き気を感じだし、とりあえず今のうちに自力で運転して帰らねばとその場を去ったのです。

しかし、すでに麻痺は進行しており、自分の車のドアに近づくためだけに2台も他の駐車車両に体をぶつけながら歩いていきました。

なんとか運転席に体を滑り込ませたものの、今度はシフトレバーがつかめません。

左手の長さがわからないのです。

メガネも傾いているような気がしたので直そうと顔に手を近づけると、メガネではなくおでこに指が当たります。

もちろん、指があたったのがおでこであるとわかるのは「おでこの神経が生きているから」で、「左手指そのものは全く感覚はありません」。

とにかく、家に帰らねばなりませんでした。

左手の長さだけでなく、道の感覚もおかしい

右手でシフトをDレンジにいれて、正常な右手・右足を使って帰途に付きました。

しかし、どんどん感覚はぼやけてきているように感じますし、胸のムカつきも次第に強まっているように思います。

このまま、大通りを進んではいけないと思い、午後5時には閉まる施設の正門前に車を止め、ハザードを炊きながら全窓を開放、エンジンを止めて様子をみました。

どうも、腹痛じゃありませんが、麻痺の強弱に波があるようで、5分もすると麻痺があったのかと疑うほどに回復していました。

なんとか調子のいいタイミングで再度エンジンスタートし、家へ向かいました。

また距離感がおかしくなったため、かなり遠回りしましたが、なんとか無事に帰宅します。

家内の即断で救急搬送〜相当な大きさになっていた

救急で運ばれたさきでも、私は現状をかなり甘く見ていました。

とりあえず入院準備をして、明日から出勤できない旨を上司と部下に伝え泣けえばなりません(ビジネスマンとしての最低限の常識と思います)。

 

わたし「では一旦帰って、明日入院できるようにしておきます」

当直医「え、MRI画像ご覧になっていないんですか?」

わたし「はい」

当直医「かなり、立派なものが写っていますよ、帰っている場合ではないと思います」

わたし「…そんなに、ですか?」

当直医「コレが何かはわかりませんが、かなり大きいものです」

 

そう言いながら、当直医はあMRI画像を見せてくれました。

 

わたし「!!!」

 

もう、来月を迎えることはないと思いました。

まずは外科手術を

翌日、脳神経外科担当医の見立てでは、(やはり)グリオーマで、

1 外科手術による切除

2 放射線治療による切除できなかった部位の腫瘍除去

3 抗がん剤による転移の抑制

の3手とも使いましょうというものでした。

私はもう、開頭手術なんて避けて通りたいと思うことなどなく、ただICUで目覚め、もう一度家族四人で夕飯を囲みたいと願うのみでした。

そして、無事、生きて帰ってくることができています…

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